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大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)9925号 判決

原告

大谷知子

被告

池田週二

ほか一名

主文

一  被告池田週二は、原告に対し、一一〇一万九二八〇円及び内金一〇〇一万九二八〇円に対する昭和五七年一二月九日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告池田週二に対するその余の請求を棄却する。

三  原告の被告藪見喜作に対する請求を棄却する。

四  訴訟費用は、原告に生じた費用の一〇分の三及び被告池田週二に生じた費用の五分の三を被告池田週二の負担とし、原告及び被告池田週二に生じたその余の費用及び被告藪見喜作に生じた費用を原告の負担とする。

五  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、連帯して、一八四五万三二六四円及び内金一六八五万三二六四円に対する昭和五七年一二月九日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故(以下本件事故という。)の発生

(一) 日時 昭和五七年一二月八日午後三時二六分ころ

(二) 場所 大阪府八尾市堤町一丁目一六番地

(三) 加害車 自動二輪車(神戸ち三二〇六)

(四) 右運転者 被告池田週二(以下被告池田という。)

(五) 被害者 原告(当時八歳)

(六) 態様 原告が道路を南から北へ横断中、西から東へ進行してきた加害車が原告に衝突し、原告を跳ねとばした。

(七) 受傷 原告は、頭蓋底骨折、左下肢挫創、左視束管骨折、両耳鼓膜破損等の傷害を受けた。

2  責任原因

(一)(1) 被告池田は、本件事故当時、加害車を所有し、自己の運行の用に供していた。

(2) 被告池田は、前方不注視及びハンドル、ブレーキの操作不適当等の過失により本件事故を発生させた。

(二)(1) 被告藪見喜作(以下被告藪見という。)は、本件事故当時、加害車を自己の運行の用に供していた。

(2) 被告藪見は、被告池田を雇用し、自己の事業に従事させていたところ、被告池田は、右事業の執行につき本件事故を発生させた。

なお、この点についての被告藪見の後記主張に対し次のとおり反論する。すなわち、

被告池田は、事故当日の原告の父に対する説明でも、事故直後の警察官に対する供述でも、仕事の帰りに本件事故を惹起したと言つていた。また、加害車は、被告池田所有のものであつても、被告藪見は、その借りていたガレージを車庫として使わせ、被告池田に便宜を供していたことからすれば、加害車を業務に使用させていたと推定される。さらに、被告池田は、早出の時(早出は週二回で、午前三時三〇分に、被告池田の住んでいた被告藪見の事務所を出発する。)に、加害車を使用して現場に行つていたものである。被告藪見は、被告池田は事務所から現場へは高層車で行つていたと主張するが、企業のリスクマネージメント(事務所と現場を往復するのに高層車を使うと危険であり、不経済である。往復途中に事故を起こしたり、破損させられたりすると、途端に被告藪見の仕事ができなくなる。被告池田が、急病になつたり、休んだりすると、高層車が現場に来ず、その日の仕事ができない。)から考えて、高層車を被告池田の往復に使わせることは考えられない。

3  損害

(一) 治療費 二八万一七六四円

(1) 八尾徳洲会病院 二六万七四〇〇円

症状固定時までの分 二三万三六五八円

症状固定以後の分 三万三七四二円

(2) 八尾市立病院 二三一九円

(3) 大阪赤十字病院 一万二〇四五円

(二) 付添看護費 一一万五二〇〇円

入院期間中母親の付添看護を要した。

3200(円)×36(日)=11万5200(円)

(三) 通院付添費 七万六八〇〇円

通院に母親の付添を要した。

1600(円)×48(日)=7万6800(円)

(四) 通院交通費 二万八八〇〇円

(1) 八尾徳洲会病院分

240(円)×2×42(日)=2万0160(円)

(2) 八尾市立病院分

{360(円)+600(円)}×2×3(日)=5760(円)

(3) 大阪赤十字病院分

480(円)×2×3(日)=2880(円)

(五) 入院雑費 三万六〇〇〇円

1000(円)×36(日)=3万6000(円)

(六) 逸失利益 一六一七万四七〇〇円

原告の後遺障害は、自動車損害賠償補償法(以下自賠法という。)施行令二条別表(以下別表という。)八級一号(左眼視力〇・〇二以下、矯正不能)及び九級一〇号(両耳鼓膜破損による聴力障害、頭蓋底骨折による頭痛)の併合七級である。右による労働能力の喪失は生涯続くものである。就労開始時を一八歳とし、昭和五八年賃金センサスを基礎に逸失利益を計算すると頭書金額となる。

147万5600(円)×0.56×19.574=1617万4700(円)

(七) 慰謝料 九〇〇万円

(1) 傷害分 一五〇万円

入院三六日、通院一一か月余を要する重傷であり、かつ、原告は、事故当時小学校三年生であつて就学についても多大の支障があつた。

(2) 後遺障害分 七五〇万円

前記後遺障害のほか、左大腿後面にケロイド状に挫創痕が残存し、原告の学業、将来の就労に多大の影響を与え、また、原告は女性であるから、将来の婚姻等に対する不安、醜状に対する悲嘆・心痛は著しい。

(八) 損益相殺

原告は、被告池田から五〇万円、自動車損害賠償保障事業から八三六万円の支払を受けた。

(九) 弁護士費用 一六〇万円

よつて、原告は、自賠法三条、民法七〇九条、民法七一五条一項に基づき、被告らに対し、連帯して、一八四五万三二六四円及び弁護士費用を除く内金一六八五万三二六四円に対する本件不法行為の日の後である昭和五七年一二月九日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の(一)ないし(五)の各事実は、いずれも認め、同(六)の事実は否認し、同(七)の事実は不知。

本件事故は、原告が駐車中の車両の陰から飛び出し、走行中の被告池田の自動二輪車の前輪右側部に衝突したことにより発生したものである。

2  請求原因2の(一)(1)の事実は認め、同(一)(2)の事実は否認する。同(二)(1)の事実は否認し、同(二)(2)のうち、被告藪見が被告池田を雇用していたとの点は認め、その余の事実は否認する。

本件事故は、被告池田が当日の仕事を終えた後、自己所有の自動二輪車を私用で運転中に発生したものであり、被告藪見は使用者責任、運行供用者責任を負わない。

すなわち、被告池田は、藪見電気商会のいわゆるポリ管班に所属し、関西電力(以下関電という。)難波営業所管内において電線への防護管脱着工事に従事していたのであるが、被告池田が居住していた八尾市内の被告藪見の事務所から作業現場への往復は、専ら当該作業に使用する高層車(バスケツト車)で行なつていた。右作業のうち、週二回程度の早出の時は、被告池田を含むポリ管班の作業員四名が作業現場に近い関電難波営業所に集合し、午前四時ころから午前九時ころまで現場において作業を行ない、被告池田は、八尾市内の前記事務所から関電難波営業所へ高層車で赴き、作業終了後は、一旦難波営業所に引き上げた後、そこから八尾市内の事務所に高層車で戻つていた。また、早出以外の日は、堺市内の関西テツク大阪南支店に一旦集合し、午前八時に右支店を出発して現場での作業を終えた後、午後五時ころ右支店に帰つており、被告池田は、八尾市内の前記事務所から高層車で関西テツク大阪南支店に往復していた。そして、いずれの勤務の場合も、被告池田が業務あるいは通勤に加害車を使用したことは一度もない。

本件事故当日の昭和五七年一二月八日は、早出勤務の日であり、被告池田は、午前三時半に前記八尾市内の事務所を高層車で出発し、難波近辺での作業を終えて、午前一〇時には右事務所に帰つている。本件事故は、被告池田が当日の勤務を終了後、居住先である藪見電気商会事務所二階の自室において仮眠の後、食事のため外出した際に発生したものである。確かに、被告池田の被疑者供述調書(甲第一二号証)には、本件事故が、被告池田が仕事を終えた後自宅へ帰る前に発生したかのごとき記載があるが、右調書は、被告池田の業務上過失傷害被疑事件に関するもので、右部分は被疑事件に関しては付随的な部分に過ぎない。これについて、担当警察官が正確な事実関係の確認を怠たり、あるいは被告池田が右記載部分の正確性に十分な注意を払わなかつたとしても、なんら異とするに足りない。

本件事故現場は、仕事先である大阪市内より前記事務所へ帰る経路から外れた場所であつて、仮に、被告池田が仕事先から帰る途中だつたのであれば、右現場の手前の交差点で左折して事務所に戻つているはずであり、本件現場を通行しているわけがないのみならず、時間的にみても、既に午前一〇時には早出勤務を終えて居住先の事務所に戻つているのであるから、本件事故が通勤途上で発生したものであるはずがない。

要するに、被告池田は、加害車を業務は勿論のこと、通勤にも一切使用したことはなく、被告藪見が加害車の運行に関し自賠法に基づく運行供用者としての責任を負うべき理由はまつたくないのであり、また、本件事故は、被告池田が当日の勤務を終了後、私用で外出中に自己所有の加害車を運転していて発生したものであるから、これについて被告藪見が民法七一五条に基づく使用者としての責任を負うべき理由もない。

3  請求原因3のうち、(八)の事実は認め、その余の事実はいずれも不知。

三  抗弁

1  免責ないし過失相殺

本件事故は、原告が、左方の東進車線の車両の有無を全く確認することなく、西進車線を走行中の二台の車両の間から走つて車道に飛び出し、南から北へ道路を横断しようとしたことが原因で発生したものである。なお、加害車は、本件現場西方の側道から左折進行してきたばかりであつて、時速四二ないし四三キロメートルの速度で走行していたものである。

2  損害のてん補

被告池田は、原告の損害を次のとおりてん補した。

(一) 五三万四〇二〇円 原告に支払つた分

(二) 二〇万八八二一円 診療機関に直接支払つた分

(三) 七六万七六六五円 治療費のうち健康保険給付分

で被告池田が支払つた分

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2  抗弁2の事実はいずれも認める。但し、同(三)は本訴請求外の治療費であり、損益相殺の対象とされるべきではない。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録各記載のとおり。

理由

一  本件事故の発生

1  請求原因1の(一)ないし(五)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

2  いずれも成立に争いのない甲第九号証の一ないし一一(後記措信しない部分を除く。)、第一〇号証の一、二、第一一号証、証人中萩三郎の証言(以下中萩証言という。)及び被告池田本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)に弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一)  本件事故発生現場(以下本件現場という。)は、対向各一車線、車道幅員各三・一メートル、南側路側帯幅員〇・九メートル、北側路側帯幅員一メートル、南北に歩道がある東西に走る市道(以下本件市道という。)上であり、その最高速度は時速四〇キロメートルに規制されていて、南北両側は商店街になつている。

(二)  被告池田は、加害車を運転し、本件現場の約一〇〇メートル西にあつて、本件市道に北から通じている幅員約二・五メートルの道路から左折して本件市道に進入し、西から東に走行していたところ、本件市道の南側歩道上から北側に渡ろうと思つて西進車両が途切れた合間に走つて飛び出してきた原告を約一〇・七メートル前方に初めて発見し、急制動をかけたが及ばず、約一〇・八メートル進行し、自車走行車線の車道ほぼ中央で原告と衝突し、原告を約一二メートル前方に跳ね飛ばし、自らは加害車とともに転倒し、路面に約一〇メートルの擦過痕を残して、約一五メートル進行して停止した。

なお、被告池田は、本人尋問において、原告は駐車中の車両の陰から飛び出して来たこと、加害車の速度は時速四二ないし四三キロメートルであつたことを供述し、また、前記甲第九号証の一、二によれば、事故発生直後に行なわれた実況見分の際に、本件市道の南側に駐車車両があつたかの如くに認められる。しかしながら、右実況見分は被告池田のみの立会で作成されたものであつて右証拠だけでは本件事故発生当時右のような駐車車両があつたとは認め難いところであるのみならず、当時本件事故を目撃した前記証人中萩立会の実況見分調書(前記甲第一〇号証の一、二)にはそのような駐車車両の記載がないこと、前記証人中萩は、そのような駐車車両はなかつた旨を供述していることに照らせば、未だ、被告池田が本人尋問において述べるような駐車車両が本件事故発生当時存在したものとは認められず、したがつて、原告がその駐車車両の陰から飛び出したものとも認められない。次に、前認定した衝突後の状況及び前記中萩証人の、単車のスピードは、「かなりのスピードでした。八〇キロ以上はでていたと思います。」との証言に鑑みれば、右八〇キロという数値は必ずしも採用できないけれども、加害車の速度が時速四二ないし四三キロメートルであつたという被告池田本人の供述は直ちに措信しえない。ところで、前記甲第九号証の一、二によれば、原告が約二・一メートル進む間に、加害車は約一〇・八メートル進んでいるところ、原告は当時小学校二年生の女子であるから、経験則上、走つて飛び出してきたときの原告の速度を仮りに秒速三・五メートル(時速一二・六キロメートル)とすれば、二・一メートル進むのに〇・六秒かかることとなり、その間に加害車は約一〇・八メートル進んだのであるから、加害車の秒速は約一八メートル(時速六四・八キロメートル)となり、原告の速度を仮りに秒速三メートルとすれば、加害車の秒速は約一五・四メートル(時速五五・四キロメートル)となり、いずれにしても、被告の前記供述よりも相当速い速度ではなかつたかと疑われる。もつとも、前記甲第九号証の一、二の距離関係の記載は必ずしも正確であるとは限らず、原告の走る速度がもつと遅かつたかも知れないので右はあくまでも疑いにとどまり、加害車の速度を正確に認定することは本件証拠上できないけれども、前認定した衝突後の状況及び前記中萩証言に鑑みれば、少なくとも被告池田が本人尋問で述べる時速四二ないし四三キロメートルを相当こえる速度で走行していたものと認めるのが相当である。なお、被告池田は、前認定したとおり本件現場の約一〇〇メートル西にある道路から左折して本件市道に進入してきたものであるが、一〇〇メートルあれば加速するに十分な距離である。

二  受傷、治療経過及び後遺障害

いずれも成立に争いのない甲第二号証の一ないし三、第三号証及び弁論の全趣旨並びにこれにより真正に成立したと認められる甲第七号証の一によれば、次の事実が認められる。(なお、甲第二号証の一及び第三号証に通院期間中の実治療日数が二一日とあるのは、甲第二号証の二、三の記載に照らし四二日の誤記と認められる。)

1  原告は、本件事故により、頭蓋底骨折、左下肢挫創、左視束管骨折、両耳鼓膜破損の傷害を受け、その治療のため、八尾徳洲会病院に、昭和五七年一二月八日から同五八年一月一二日まで三六日間入院、同月一三日から同年一二月二六日までの三四八日間中四二日通院し、八尾市立病院に、同年五月中に三日、大阪赤十字病院に、同年二月中に二日、同年一〇月中に一日、それぞれ通院した。

2  原告は、昭和五八年一二月二六日、後遺障害として、左裸眼視力〇・〇二(矯正不能)、左視野著名狭窄、左大腿後面に長さ九・五センチメートルのケロイド状挫創痕、両耳鼓膜破損による聴力障害、頭痛を残して症状が固定し、右後遺障害は、自賠法の政府保障事業において、別表併合七級と認定された。

三  責任原因

1  請求原因2の(一)(1)の事実は当事者間に争いがない。そして、後述するとおり、被告池田の免責の抗弁は理由がないので、被告池田は、請求原因2の(一)(2)の責任原因について判断するまでもなく、自賠法三条に基づき、原告に生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

2  被告藪見に対する責任原因について

(一)  被告池田及び同藪見各本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 被告池田は、加害車を所有し、同藪見に雇用され(以上の点は当事者間に争いがない。)、本件事故発生当時、大阪府八尾市堤町所在の被告藪見が経営する電気工事業の事務所の二階に居住し、加害車は、右事務所から約五〇メートル離れた資材倉庫に置いていた。右事務所は、本件現場の約一〇〇メートル西にある道路を北上した所にあつた。

(2) 被告藪見は、訴外株式会社関西テツク(以下関西テツクという。)が、訴外関西電力株式会社(以下関電という。)から請負つた工事の下請負をなし、その内容は、設備工事、保守点検、ポリ管工事の三種であつて、被告池田はポリ管工事に従事していた。

(3) ポリ管工事とは、高層車(高所作業車、バスケツト車あるいはバケツト車ともいう。)を用いて、電線に防護管をつける工事であつて、被告池田を含めて四名がこれに従事していた。そして、被告池田ら四名が従事していた工事現場は、難波近辺であつた。

(4) ポリ管工事には、早出の場合(午前四時ころから同九時ころまでに工事をする場合)と早出でない場合(午前八時ころから午後五時ころまでに工事をする場合)とがあり、一週間に二回早出の工事をしていて、本件事故発生当日は早出の工事の日であつた。

(5) 早出の場合は、右工事に従事する四名は、関電難波営業所に直接集合し、同所で解散し、早出でない場合は、堺市三宝町所在の関西テツク大阪南支店(以下大阪南支店という。)へ集合した後、難波営業所へ行き、右工事終了後大阪南支店へ戻つて解散していた。

(二)  ところで、被用者が、自己所有の自動車を運転中、他人に損害を与えた場合、使用者が自賠法三条の運行供用者責任あるいは民法七一五条の使用者責任を負うことを肯定するには、当該自動車の運行が使用者の業務と相当程度密接に結びついていること及び使用者が当該自動車の使用を命令し、助長しまたは少なくとも容認していたこと等の事情が必要であるというべきである。かような事情がある場合には、当該自動車が被用者の所有であつても、使用者が当該自動車の運行について実質上支配力を有し、その運行による利益を享受していたものと認められるので運行供用者責任を肯定し、また、当該自動車の運行は客観的に使用者の支配領域内のことがらに属するものと認められるので使用者責任を肯定してよいと考えられるからである。

(三)  そこで、本件の場合、右のような事情が認められるか否かを検討する。

(1) 加害車が、被告藪見の業務あるいは工事現場への往復に使用されていたか否かの点については、被告池田及び同藪見は、その各本人尋問において、加害車を業務あるいは工事現場への往復に使用したことはない、工事現場への往復には高層車を使用していた旨を述べて、これを否定しており、これを肯定するに足りる証拠はない。もつとも、成立に争いのない甲第一二号証によれば、被告池田は、昭和五八年四月六日、警察官の取調べに対し、「会社での仕事を終え自宅へ帰るために市道東西の通りを西方面から東方面に向けて走つていました。」と述べているけれども、前認定したとおり、本件事故発生当日は、被告池田は早出の日であり、工事は午前九時には終つていたはずであるから、難波近辺の工事現場から居住先の前記事務所へ帰る途中で本件事故を発生させたとするには時間的及び場所的に説明困難な点があることに鑑みれば、右甲第一二号証の右記載は直ちに措信できない。すなわち、本件事故が発生したのは午後三時二六分ころであるから、工事現場からの帰途にしては時刻が遅すぎること、また、被告池田は前記事務所の二階に居住し、右事務所の所在地は前認定のとおりであるから、本件現場は、被告池田の居住先を通り過ぎた場所であることからすれば、被告池田が工事現場から居住先へ戻る途中に本件事故を発生させたものとは認め難いところである。

しかるところ、原告は、企業のリスクマネージメントから考えて、高層車を工事現場への往復に使用することは考えられないというけれども、早出の場合には、被告池田において、一旦、大阪南支店へ行き、そこから高層車で難波営業所へ向かうより、前記事務所から高層車で直接難波営業所へ向かう方が便利であるし、被告藪見にとつても経済的であるから、一概に、高層車を大阪南支店に保管しておくほうが被告藪見の業務にとつて合理的であるともいい切れない。

(2) 被告池田は、その本人尋問において、加害車はもつぱら私用に使つていて、被告藪見の業務あるいは通勤に使つたことはない旨を、被告藪見は、その本人尋問において、被告池田が加害車を所有し、運転していたことを全く知らなかつた旨をそれぞれ述べているところであつて、被告藪見において、被告池田が加害車を被告藪見の業務あるいは通勤に使用することを容認していたこと等の事情を認めるに足りる証拠はない。

(3) 以上によれば、本件の場合、被告藪見の運行供用者責任あるいは使用者責任を肯定するに足りる前記のような事情は認められないので、請求原因2の(二)(1)の事実及び同(2)のうち被告池田が同藪見の事業の執行につき本件事故を発生させたとの点はいずれも認められないことに帰し、原告の被告藪見に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく失当である。

四  損害

1  治療関係費 一二七万六四一四円

原告は、社会保険から八尾徳洲会病院に対し支払われた治療費を損害として計上していないけれども、後記過失相殺及び損害額のてん補の判断をするについては右額を認定しなければならないので、ここで治療関係費の全額を認定しておくこととする。

(一)  治療費 一〇一万九六一四円

成立に争いのない甲第二号証の二、三によれば、八尾徳洲会病院の治療費として一〇〇万五二五〇円かかつたこと、前記甲第七号証の一、いずれも成立に争いのない甲第七号証の五ないし七によれば、八尾市立病院の治療費として二三一九円、大阪赤十字病院の治療費として一万二〇四五円かかつたことがそれぞれ認められる。

(二)  付添看護費 一九万二〇〇〇円

前認定した原告の年齢・性別(本件事故当時八歳の女児)及び受傷の部位・程度並びに治療経過等に鑑みれば、入院中及び通院時に近親者の付添を要したものと認められるところ、弁論の全趣旨及び経験則によれば入院一日の付添費は三二〇〇円、通院一日の付添費は一六〇〇円とするのが相当であるから、前認定した入院日数三六日、実通院日数四八日では頭書金額となる。

(三)  通院交通費 二万八八〇〇円

弁論の全趣旨及びこれにより真正に成立したと認められる甲第六号証によれば、八尾徳洲会病院へは通院片道につき二四〇円、八尾市立病院へは同九六〇円、大阪赤十字病院へは同四八〇円かかることが認められるところ、前認定した実通院日数(八尾徳洲会病院四二日、八尾市立病院三日、大阪赤十字病院三日)では頭書金額となる。

(四)  入院雑費 三万六〇〇〇円

経験則上、一日一〇〇〇円の入院雑費を認めるのが相当であるから、前認定した入院日数三六日では頭書金額となる。

2  逸失利益 一二三二万三三四九円

前認定した後遺障害の部位程度、原告は症状固定時(昭和五八年一二月二六日)九歳であつて、可遡性に富み環境に適応する可能性が認められること等に鑑みれば、原告は、経験則上、就労開始年齢と考えられる一八歳以降就労可能年齢である六七歳に至るまで、平均してその労働能力の四〇パーセントを失つたものと認めるのが相当である。そして、逸失利益算定の基礎とすべき年収は、弁論の全趣旨及び経験則によれば、昭和六〇年賃金センサスの産業計・企業規模計・女子労働者・学歴計の一八歳ないし一九歳の年収である一五七万四〇〇〇円とするのが相当である。そうすると、法定利率年五分の中間利息控除はホフマン式によるのを相当と認め、原告の逸失利益の現価を求めると頭書金額(一円未満切捨)となる。

157万4000(円)×0.4×19.5733=1232万3349(円)

3  慰謝料 八五〇万円

前認定した原告の年齢・性別、受傷部位・程度、治療経過、後遺障害の部位・程度等諸般の事情に鑑みれば八五〇万円とするのが相当である。

五  過失相殺

抗弁1について判断する。前認定した本件事故発生状況によれば、本件現場は本件市道両側が商店街となつていて人の横断が予想されること、被告池田は制限速度を相当上回る速度で進行し、前方注視を欠いていたために原告の発見が遅れ、そのために本件事故を発生させた可能性を否定できないこと、被告池田は、後記のとおり、原告の損害を相当額てん補しているところ、自己に何らかの過失があると思つているからこそ合計一五〇万円を越える多額の支払をしたものと考えられること(なお、被告池田本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、加害車を対象として強制保険及び任意保険のいずれも締結されていないことが認められるので、右支払は被告池田自身なしたものである。)等に照らせば、本件においては、未だ自賠法三条但書に規定する証明があつたとは認められない。しかしながら、前認定した本件事故発生状況によれば、原告にも東進車両に十分注意を払わずに走つて本件市道を横断しようとした点に落度が認められ、右落度は、被告池田が賠償すべき原告の損害額の算定について考慮すべきである。そして、前認定した本件事故発生状況に鑑みれば、前認定した原告の損害合計額二二〇九万九七六三円から一割を過失相殺し、これを減額した額である一九八八万九七八六円(一円未満切捨)について、被告池田は原告に対し賠償義務を負うとするのが相当であり、この限度において抗弁1は理由がある。

六  損害のてん補

原告が自動車損害賠償保障事業から八三六万円の支払を受けたことは原告において自認しているところであり、抗弁2の各事実はいずれも当事者間に争いがない。したがつて、てん補合計額は九八七万〇五〇六円となる。これを前記被告池田が原告に対し賠償すべき額から差し引くと一〇〇一万九二八〇円となる。なお、抗弁2(三)につき、原告は、事実摘示第二、四2但書のとおり主張するけれども、被告池田の出捐において原告の損害がその分てん補されているのであるから、これを前認定した原告の総損害額から控除すべきであるのは明らかというべく、原告の前記主張は採用しない。

七  弁護士費用

本件事案の性質、審理の経過及び認容額等に鑑みれば、一〇〇万円とするのが相当である。

八  結論

以上によれば、原告の本訴請求のうち、被告池田に対する請求は一一〇一万九二八〇円及びこれから弁護士費用を控除した一〇〇一万九二八〇円に対する本件不法行為の日の後である昭和五七年一二月九日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、被告藪見に対する請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐堅哲生)

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